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What is kleptoplasty?

​盗葉緑体現象とは?

ウミウシはそのカラフルな色合いで 私たちを楽しませてくれますが、コノハミドリガ イやテングモウミウシといっ た緑色のウミウシのいくつかは、変わった機構でその色を獲得しています。それが「盗葉緑体現象」です。これは、生まれたときは葉緑体を持たない生物が、光合成のための細胞小器官「葉緑体」を餌海藻から拝借して緑色の体色を獲得する現象です。いくつかのウミウシ種では、葉緑体はウミウシの体内で光合成をすることができ、太陽光からつくった栄養を使って ウミウシが生活しています。人間でいえば、一度レタスを食べると、体が緑色になって、日向ぼっこをしているとなんかお腹が満たされていくとようなものです。藻類の葉緑体だけを取り込んで維持する盗葉緑体現象は、生物学的に見ても非常に珍しく興味深い現象です 。

盗葉緑体ドナー

ウミウシに葉緑体を提供する餌藻類も特殊な特徴を持っています。医療の現場に倣って、我々はウミウシに葉緑体を提供する餌藻類のことをドナーと呼んでいます。餌藻類 の大部分は、体が1つの細胞としてつ ながっており、数ミリメートルから数 メートルに及ぶ群落を形成するもので、人間に一番身近な餌藻類は、沖縄土産で有名な海ぶどうです。この、巨大細胞からなる藻体は、葉緑体ドナーとしても重要です。盗葉緑体現象を示すウミウシは、いずれも嚢舌目という分類群に 属し、このグループは、共通して特殊 な口の構造を持っています。それは、 摂食に使われる歯が1本しかなく、さ らにそれを支えるために使用済みの歯 を溜める舌嚢という袋を持っているこ とです。この1本の歯とそれを 支える使用済みの歯を使って、嚢舌目 ウミウシは藻類の細胞壁に穴を開け、細胞の中身だ けをチュウチュウと吸って食べてしま うのです。嚢舌目ウミウシのこの特殊な食べ 方にどのような利点があるのか、明確にはわかっていませんが、おそらく固 い藻類細胞壁を破る労力を最小限にし て、多くの量の栄養が豊富な細胞の中 身を食べることができるのだと考えられています。そしてこの摂食行動によ って、咀嚼のような破砕を経ずに葉緑 体が消化管の中に流れ込むことが、 後々の葉緑体の取り込み現象の発達を 促したのだと考えられています。


葉緑体の取り込まれ方

摂食によって取り込まれた葉緑体 は、ウミウシの体の中でどのような経路をたどるのでしょうか?  最初に例として出したコノハミドリガイなどは、体中が緑色をしているように見えます。葉緑体はウミウシの 「腹の中」から体中に散らばるっているのでしょうか? 実は、これは、ウミウシの腸 が分岐し、血管の様に身体中に張り巡 らされることで実現されています。摂食された藻類の細胞内容物は、 頭の後ろあたりにある胃に行った後、 腸(中腸腺)に進んでいくと考えられ ています。ちなみに肛門は、胃から体 の上側や横側に向けて開いており、この腸は盲管(人間の盲腸のように、行き止まりになっている管)になっています。そしてこの腸が体の隅々に枝分 かれして分布し、葉緑体はその腸管の表面の細胞に取り込まれています。ウミウシの細胞による葉緑体の取り込みは胃から腸への入り口の付近で 頻繁に観察されており、腸壁の細胞が、 大きく口を開け、葉緑体を丸のみにする様子が観察されています。取り込まれた葉緑体は、 細胞の中で、数日から数ヶ月維持され た後、分解され、最終的にはなくなっ てしまい、子供ウミウシには受け継がれません。枝分かれした腸は、体中に 張り巡らされる種もあれば、チドリミ ドリガイのように体の背中側の体表に 近い部分に集中的に配置され、光を受 けやすくなっている種もいます。

葉緑体は、単独で生きる光合成をする細菌 (シアノバクテリア)のような生き物 であったのが、太古の時代に藻類の祖 先となった生物によって取り込まれ、 飼いならされていった結果、今のような細胞小器官として光合成の工場にな っていると考えられています 。ウミウシでは、この工場だけを別の生物が取 り込み光合成を維持するという現象が 起きており、さらに光合成しやすいように体の中の腸の配置まで変えるという進化が見られ、ウミウシと葉緑体の深い関わりが推察されます。一方、「光 合成をする動物」としてサンゴやシャコガイを思い出される方もいるかもし れませんが、サンゴは褐虫藻という藻 類を丸ごと体の中に住まわせているの に対して、盗葉緑体現象では葉緑体だ けを利用する点が異なっています。

盗葉緑体現象の研究の歴史

盗葉緑体現象は 50 年ほど前から知られており、発見したのは日本の研究者です。盗葉緑体現象は、1965 年に岡山大学の川口四郎によって発見されました。サンゴやシャコガイと共生する褐虫藻を研究さ れていた川口は、ウミウシ中の緑色の粒子に着目しました。そして、明るい場所でウミウシの酸素消費量 (呼吸量)が小さくなることから、この緑色の粒子は褐虫藻のようにウミウシに共生する微小な藻類であり、これ が光合成をすることで酸素が発生ていると考えました。しかし、 以上の報告の後、1965 年に再度電子顕 微鏡でこの粒子の内部構造を詳細に調 べると、その形態は藻類より葉緑体や シアノバクテリアに近く、特に内部の粒子や膜の構造は、ウミウシが餌とし ている藻類の葉緑体に非常に似通って いることを見出しました。そしてこれ が葉緑体の種を超えた移動によるもの と考えたのです。さらに他の研究者に よって、この葉緑体が光合成によって 作った糖やアミノ酸、脂質などをウミ ウシが自分の栄養としていることが、 放射性同位体解析という原子を追跡する技術によって解明されました。

近年の研究発展

近年、この盗葉緑体現象は、ウミウ シ研究の枠を超えて注目を浴びていま す。その理由は、藻類や植物での普通 の光合成反応が非常に複雑なシステム であることがわかってくるにつれて、逆にウミウシの盗葉緑体現象の特殊性 が際立ってきたからです。「こんなに光 合成は複雑なのに、なぜウミウシはそ れを他人から拝借して維持するなんて ことができるのだろう?」という訳で す。

近年の研究から、葉緑体で の光合成には植物・藻類の核が不可欠 であることがわかってきました。植物や藻類から単離した葉緑体は、人間がどんなに頑張っても数時間から数日で 光合成活性を失ってしまいます。1963 年に葉緑体にも DNA があることがわかったものの、葉緑体のDNAは非常に小さく、それだけでは光合成に必要な 2000-3000 種類に及ぶ酵素(タンパク 質)の一部の設計図(遺伝子)しか保 持していませんでした。そして、多くの光合成酵素は藻類の細胞核 にある巨大な DNA に記録されており、 それが細胞質で酵素に翻訳された後、 葉緑体に輸送されます。つまり、葉緑体という工場には、その工場で使う機械の設計図はごくわずかしかなく、ほとんどは藻類核という本社に大事に保管されていたのです。つまり、葉緑体では本社(核)の設計図から作られた機械が運ばれて、光合成がおこなわれ、葉緑体だけではは、光合成に使う機械(酵素)を新しく作って補給することができないのです。

ここまで、「普通の」光合成がわかってきたところで、盗葉緑体現象を再度見ると、その特殊性が明確になります。ウミウシの細胞内には藻類の核は取り込まれません。にも関わらず、 数ヶ月にわたって光合成能力を維持しています。ウミウシは藻類の核なしでどのように光合成に必要な酵素を調達しているのでしょうか?この問題 に光を当てたのが、アメリカの RumphoやPierce らでした。彼らはDNAを用いた研究手 法をウミウシに持ち込み、盗葉緑体現象が「遺伝子の水平伝搬」による可能 性を示しました。通常、遺伝子は親から子へ伝わり、他の種類の生物から遺伝子を獲得 することはありません。犬の中にワニ 由来の遺伝子が入ったりすることはないわけです。しかし、Pierce らは大西洋 産のウミウシ Elysia chlorotica の卵か らとったDNAから、このウミウシが食 べるフシナシミドロの光合成関連遺伝 子を見つけたのです。このような現象 は遺伝子水平伝播と呼ばれ、細菌など では見つかっていましたが動物では初 めての発見であり、大きな関心を呼び ました。しかし、彼らの主張には課題 もありました。卵に付着していた藻類などの DNA を検出してしまっている可 能性があったのです。これを否定し、 明らかにウミウシの核に藻類由来の遺 伝子があることを証明するには、ゲノ ム解読が必要でしたが、DNA がウミウ シの粘液と類似した性質を持つことなどから、ゲノム解読に必要な高純度な無傷 のDNAの精製が困難であり、研究はいまだ不十分です。

参考文献

  • Hirose, E. 2005. Digestive System of the Sacoglossan Plakobranchus Ocellatus (Gastropoda: Opisthobranchia): Light- and Electron-Microscopic Observations with Remarks on Chloroplast Retention. Zoological Science 22 (8): 905–16.

  • Kawaguti, S. 1965. Electron Microscopy on the Symbiosis between an Elysioid Gastropod and Chloroplasts of a Green Alga. Biol. J. Okuyama Univ. 11: 57–65.

  • Kawaguti, S. 1941. Study on the Invertebrates Associating Unicellular Algae I. Placobranchus Ocellatus von Hasselt, a Nudibranch. Palau Tropical Biological Station Studies 2 (2).

  • Rumpho, M.E., Jared, M., Worful, J.M., Lee, J., Kannan, K., Tyler, M., Bhattacharya, D., Moustafa, A., & Manhart, J. 2008. Horizontal Gene Transfer of the Algal Nuclear Gene psbO to the Photosynthetic Sea Slug Elysia Chlorotica. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 105 (46): 17867–71.

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